父の代償
問題文
かつて蛇神を祀り、村随一の祈祷師として怪病を治してきた林(はやし)という男がいた。しかし、三年前のある日、彼は突如として神棚を閉ざし、自宅に引きこもるようになった。
最近、その村で不審死が相次いでいる。死因はすべて同じ。深夜、窓の外から亡くなったはずの身内の声で名前を呼ばれ、それに答えてしまうと、翌朝、喉にイタチの毛をびっしりと詰め込み、奇妙なほど満足げな笑みを浮かべた遺体で発見されるのだ。
恐れた村人たちが林の家を訪ねると、彼は固く閉ざされた戸の隙間から、掠れた声で言った。
「俺にはどうにもできん……三年前、俺の娘もあれで死んだ。村を襲っているのはただの怨霊じゃない。“生き霊”と“イタチの怪”が交じり合った“生き邪(いきじゃ)”だ。あれが完全に成仏できぬ怪物となるには、あと一人、血の繋がった“身代わり”が必要なのだ……」
その日の夜。三年前、他家に嫁ぎ、すでに亡くなったはずの林の娘・梅(うめ)が、ひょっこりと村に戻ってきた。彼女は林の家の前に直立し、うつむいたまま「お父さん、開けて。帰ってきたよ」と囁き続けた。
隙間から覗き見た近隣住民は、恐怖に腰を抜かした。月光に照らされた梅は、つま先立ちで宙に浮くように立ち、死者たちと同じ満足げな笑みを浮かべ、手には血の滴るイタチの死骸を握りしめていたのだ。
翌朝、村人たちが林の家に踏み込むと、彼の姿は消えていた。蛇神の神札は真っ二つに裂け、祭壇には二つの器が置かれていた。一つには澄み切った水が、もう一つには濁った泥水が注がれ、その泥水の中には、林の白髪と、梅が愛用していた色褪せたかんざしが沈んでいた。
そして、村の裏手にある荒れ果てた墓地には、前日までなかった小さな盛土の墓がポツリと現れていた。墓石はなく、代わりに、かつて林が祈祷で使っていた、五色の布がたなびく「招魂の幡(しょうこんばん)」が突き刺さっていた。
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